Y税務署の職員Xは,職場の定期健康診断として胸部レントゲン撮影を受けたが,その結果について格別の通知を受けなかったので,従前通りの職務に従事していた。
ところが,その後の診断により,定期健康診断当時から結核に罹っていたことが判明した。
そこでXは,(i)レントゲン医師の読影に過失があった, (ii)レントゲン医師がY税務署長にレントゲン検査の結果を報告するのを怠った過失があった, (iii)Y税務署長がXに対し健康保持上採るべき措置を怠った過失があった,または(iv)医師の報告を受けたY税務署職員がY税務署長に伝達する過程に過失があったがゆえに,Xが結核について長期療養を余儀なくされたとして,国家賠償請求訴訟を提起した。
かかるXの請求は認められるか。
〔素材は最判昭57・4・1百選U231〕
第38問 解答例
1 本問では,加害公務員及び加害行為がi)、ii)、iii)、またはiv)と、特定されていない。そこで、Xが国家賠償請求するために、加害公務員及び加害行為を特定する必要があるのかが問題となる。
2(1) ↓ この点
国家賠償責任を国・公共団体の自己責任であると捉える説(自己責任説)からすれば、抽象的に公務員が加害を加えていれば足り、加害公務員及び加害行為を特定する必要はないといえる。
↓ しかし
国家賠償法は公務員の故意・過失という主観的要件を必要としており(1T)、また、故意・重過失の場合における加害公務員への求償も認められている(1U)。
↓ このことからすれば
国家賠償責任は本来加害者である公務員が負うべき責任を国・公共団体が代わって負うものであると解するべきである(代位責任説)。
(2) ↓ そして
代位責任説にたつと、当該行為をした公務員に不法行為が成立している必要がある。
↓ そうだとすれば
加害公務員及び加害行為を特定しなければ故意・過失を認定できないので、原則として1条の成立要件として加害公務員及び加害行為の特定が必要であるといえる。
(3) ↓ もっとも
常に加害公務員及び加害行為を特定することを要求すると、被害者にとって過度の負担となり、国家賠償法の被害者救済という趣旨を没却する。
↓ そこで
@公務員による一連の職務上の行為の過程において被害を生ぜしめ、
A一連の行為のうちいずれかに行為者の故意・過失がなければ当該被害が生じないと認められ
Bそれがどの行為にせよこれによる被害を国などが法律上賠償すべき関係にあり
C一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為に当たる場合
には、加害公務員及び加害行為を特定する必要はないと考える。
3 ↓ 本問では
一連の行為のうち、iii)とiv)については、Y税務署長その他職員の職務上の行為であることは否定できない。
↓しかし
i) とii)の行為については、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であって、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、それ自体としては公権力の行使たる性質を有するものではないというべきである。
↓ そうだとすれば
本問は、C一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為に当たる場合にはあたらず、原則通り加害公務員及び加害行為の特定が必要な場合にあたる。
↓ したがって
どの公務員のどの行為に故意・過失があったか特定できていない本問では、Xの国家賠償請求は認められない。
以上